立教・立花隆ゼミ「現代史の中の自分史」blog

2008 年 11 月 20 日

NAGASAKI 2

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 10:52 PM

大浦天主堂への坂下

大浦天主堂へ向かう坂道の両側には、土産物屋がたちならび、 店内に客を呼び入れる店主たちの声がひびく。

その様相は、過越祭でイエスが 神殿の外庭の両替屋の机や鳩売りの腰掛けをひっくり返し、売り買いしていた人々を追い出したという逸話をおもいださせた。

そのすぐそばに2つの場所をみつけた。

ひとつは 童話館

http://www.douwakan.co.jp/index2.html

3階の展示場で大道あやさんの絵をはじめてみた。60才のときに独学で描き始めたというが

描きたいものを、描きたいように、描きたいだけ、描きました、というような絵がすばらしくいい。

もうひとつは 横路を数メーターはいったところにある「聖コルベ神父の記念館」

コルベ神父は、日本での布教活動後ポーランドに帰国し ナチスにとらえられアウシュビッツの強制収容所で一人の死刑囚の身代わりとなって亡くなっている。

http://www.suyama-group.com/korube.html

私ひとりのために電気をつけていただいた記念室の中央には、遠藤周作が保存を訴えたという 当時の赤煉瓦の暖炉がある。

売店の方に「私の父は 活水の先生をしていて 原爆の直前に引っ越したんです」と、はなすと

「よかったですね。原爆がおちる直前に  長崎駅に入ってくる列車と 長崎駅からでていく列車が すれちがったんですよ。」と。我が家の場合は そんな数分ではなく  年単位の直前だったのだが。


NAGASAKI  1

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 12:09 AM

五島へ

今日の長崎 五島は、 寒波襲来で  「曇り・雨・雪・晴れ」という何でもありの天気予報

天気はめまぐるしく変わり 北西の暴風で ジェット船で島に渡るはずだったが出航できない。

急きょ別のコースの舟で 島に渡ることに成功。

とはいうものの2時間とびはねるジェットコースターに乗りっぱなしというひどい体験になった。

かつてのキリシタンはもっと苦しい旅で五島に渡ったと思うと 何も言えない。

友人夫婦の運転で青砂ケ浦教会・冷水教会・頭ケ島教会を 回る。

寒風ふきすさぶ頭ケ島教会の下にあるキリシタン墓地などをみながら「キリシタンはどうして耐えられたのか」 「現実のつらさが 耐える力を与えたのか」などとともだちとも話す。

                                頭ケ島のキリシタン墓地    3種類のお墓

 

本島元長崎市長は私は尊敬に値する人と思っているが、彼はキリシタンの出。

あの強さはやはり キリシタンの血が関係しているのだろうか?

いろいろな資料を読むたびに 考えられないほどの苦難をあえて受け止めて生きていったキリシタンの思いが

最近はずいぶん気になる。

 

 

 

 

2008 年 11 月 10 日

プランゲ文庫

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 9:48 AM

母校の新聞部が 廃部になっていたということを今日知った。

日本のみならず,世界でも新聞社が生きのびるのが大変な時代、ついに高校の新聞部までかと思ったが 理由はそれだけでなく1960年代の学園闘争も関係してるらしい。

その詳しい事情は まだ良く飲み込めてないが ともかく 母校では邪魔者扱いされていたわれらが新聞を70代になった創刊者たちが 高校に行ってひきとり DVD化した。 

今日の集まりで そのDVDをおみやげに貰えるという。 DVD欲しさに はじめて新聞部の同窓会に出席した。

終戦直後のガリ版刷りの、触れば破けるような新聞から60年間分の紙面を 1枚1枚スキャンして DVD化したのは想像を絶する苦労だったに違いない。なのに それを無料で配ってもらえるという。 ただただ感謝。

会が、下町の高校らしく、3本締めで終了したのもなつかしい。高校生時代も なにかというと3本締めをやっていた。

帰ってきて ネットで 母校の学園闘争がどんなものだったか調べているうちに 、「プランゲ文庫」にわが新聞部の東叡新聞1947年9月の創刊号から16号までがはいっている事を発見した。高校生の作った 謄写版の粗末な新聞がアメリカで 60年も保存されていたとは。

今年のはじめ頃から私は、たまたま長崎の原爆関係で GHQの言論統制を 調べていたので、「プランケ文庫゙」の字は ぱっと目に入り、「えっ!」とおもわずクリックした。

 

  「プランゲ文庫」は、占領下の日本で刊行された出版物の貴重なコレクションです。

 日本は占領期の最初の4年間(1945年9月~49年10月)、連合国軍総司令部(GHQ)の厳しい検閲下に置かれ、新聞・雑誌・書籍・パンフレットなどあらゆる出版物が民間検閲所(CCD)に提出されていました。

 この膨大な資料群の歴史的重要性を認めたゴードン・W・プランゲ博士(メリーランド大学教授で総司令部に勤務していた歴史学者。日米開戦のドキュメント「トラ・トラ・トラ」の著者としても知られる)の尽力により、検閲終了後資料はアメリカに送られ、メリーランド大学図書館に収蔵されました。

 のちに「プランゲ文庫」と呼ばれるようになるこのコレクションは、雑誌13,783タイトル、新聞 約16,000タイトル、図書・パンフレット 約82,000冊、地図 640枚、新聞写真3,600枚、ポスター 90枚からなっており、資料の中には占領下の検閲の実態を知ることができるものがあるばかりでなく、今では日本でも見ることのできないものも数多くあります。

 

今日の集まりで 「GHQに ○○○と○○○が許可を求めに行った」 という話を聞いて、高校生の新聞まで検閲したのかと びっくりしたばかりだった。  紙の配給を受けるために必要だったという。

クリックを続けていくと文生書院   http://www.bunsei.co.jp/ で  一部だけでもコピー 販売することもわかった。 文生書院がプランゲ文庫をだすのは 資料が送られてきていて知ってはいた。が、その時は 「凄い」「高い」と思ったものだが、まさか わが上野高校の新聞がそこに含まれているとは想像もしなかった。

このプランゲ文庫のように 点でしかなかった事項が そこここでつながって線になり、 他人事だった事項が いつのまにか自分のそばにまできていたことに 気づかされることが 最近多くなった。

 

 私は来週 久しぶりの旅行をする。1週間長崎に滞在。浦上をゆっくり歩く予定。 さらには友達の運転で 念願だった五島や外海にも行ける。

小岸昭の「隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン」 を読んだのがきっかけで「マラーノと宣教師」に興味を持ち、いろいろ調べていくうちに 「カクレキリシタンと原爆・浦上の差別」 「少年使節と日本人奴隷」「 GHQによる永井隆 の言論統制利用」など 興味の対象はどんどん拡がっている。 長崎は今の私にとっていちばん興味ある場所になっている。

 

2008 年 11 月 9 日

太宰治

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 10:35 AM

 

 こんにゃくえんまの横に 古本屋がある。

毎朝毎晩おじいさんが 本をだきかかえて店頭の台に本の出し入れをし、猫が本の間に座って信号を眺めていたりする。

信号を待つ間に「桜桃とキリスト」という本が眼に入り求めた。レジのおばあさんに「キリスト教ですか?」ときかれ「いいえ」と答える。

この本を買ったのは つい先日学生と話していて 寺山 修司だったか太宰治がまだ若者の間で人気があると聞いたからだ。

そのとき「やっぱり小説家は違うね。 評論家だったらその時代が過ぎたらすぐ忘れられてしまうもの」と答えた。大宅壮一が一世を風靡したことなど 今の若者はほとんど知らないであろう。

その 「桜桃とキリスト」の 本をよんで以外なところで 私と太宰治と接点があったのを発見しておどろいた。

彼が、塚本虎二の「聖書知識」の愛読者だったという事。

私の両親は無教会のクリスチャンで、我が家にはその「聖書知識」が積んであった。 両親の会話は常に文学とキリスト教にかぎられていて しかもそれは会話と言うよりは論争に近かったように覚えている。

94歳になる母に「太宰治と無教会派の関係知っていた?」ときくと 「塚本さんの集会では有名なことだった」といわれた。その塚本さんの集会では 男女の席が別れていて 幼い私は父親と母親の間を行ったりきたりしていたという。その同じ集会に太宰治は出席していなかったろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

2008 年 10 月 18 日

ねこのいびき

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 11:06 PM

夜の11時 溜まったメールに返事を書いていると グスグス グーグーっていびきがきこえるんですね。

隣の部屋の93歳の母かなと思ったら どうも違う。猫なんですね。

肘掛け椅子に丸い猫ざぶとんをしいてその上で気持ちよさげに。

 

猫って 寝言もいうですよ。知ってました?

しかも 我が家の猫は しのびの猫ではなく ばさっばさっと足音をたてて歩くんですよ。

だっこは嫌いなくせに たまにだっこされるときは おなかを上にして そっくりかえって

人の顔を見てだっこされるんです。 

 

ほんと 猫ってなごみますね。

 

 

2008 年 9 月 23 日

立花先生の講演を聴いてきました

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 4:04 PM

レジュメ男です。9月20日に立花先生の講演を聴いて来ました。

『情報の海 第1回 マストからの眺め』というシンポジウム

立花先生が基調講演。先生は授業のときと変わらない様子(雰囲気)。

PPTの作成・ブラッシュアップを当日朝の4:00までやっていたとのこと。先生のタフさには脱帽です。

講演では、時間が足らなくなり、後半のページは駆け足となったのが残念。

印象に残った内容を数センテンスで書けば以下のとおり

情報利用のロングテール化が起こっている。

 ロングテール化とはあまり売れない商品のアイテム数が増大することを言う

個性はテールのうちのどの情報を使うかで決まる

 

情報過多時代の負け組みは『入力過多でオーバーフロー。ホワイトアウト(頭が真っ白になってしまう)してしまう人』

 

モンスター情報マシーンが出てきて、金持ちが情報を活用してますますリッチになっていく可能性がある。

 

プアな情報設備でもリッチな情報生活を送るに何よりも必要なものは、『目的地設定と達成意思』

 

金が無い上に、時間も少なくなっているセカンドステージの人(私もこの一人)は、何よりもこの『目的地設定と達成意思』が大事と思いました。

後期の授業何をとるかの戦略も重要と思いました。

 

セミナーの様子は10/18日の読売朝刊に掲載されるとのことです。

また10/19のCS放送日テレG+でも放送されるとのことです。

 

2008 年 9 月 20 日

自分史の手作り製本に挑戦

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 10:34 AM

レジュメ男です。

まじめにコツコツの人生で、人をあっと驚かすようなことはしてこなかったので、人をひきつけるような自分史はなかなか書けない。中身に苦労しても進まないので、見栄えを少しでも良くしたいと、手作り製本に挑戦することにした。

 本の構造はどうなっているかを考えはじめてみると、物づくり魂が刺激されて、興味が湧いてきた。以前、持ち運びに便利なように参考書をばらばらにしたのを思い出した。インターネットで調べてみると、『本の手作り方法』が紹介されている。これを参考にしながら、自分史の手作り製本に挑戦した。

 8月末に一冊目を作り、立花先生に提出した。今回は手元に置くための2冊目の本作り。一冊目に比べて若干手順が良くなったが、残念ながら出来上がり具合は変わり無しでした。

(補足:作成経緯を写真で紹介する予定でしたが、ブログへの画像の挿入の仕方が分からなかったので、とりあえず文章のみとしました。どんなものができたのか分かりづらいですが、ご容赦下さい)

 

1) 先ずは原稿を両面印刷
 現行はA4サイズ横書きで作ってあった。本としては縦書きのほうが格好よい。しかし、文章の中に写真を埋め込んであって、WORDの指定を横から縦に変えると、写真のあるところが崩れてしまう。変更は時間がかかるので諦めた。横書きのままでも、せめてB5サイズぐらいに小さくしたいと思ったが、これも同じように簡単にはいかない。
 結局A4横書きのままで両面印刷した。100ページを超えていたので、印刷した用紙の厚さは約1cmとなった。何とか本らしい厚さは確保した。駄文でもしこしこ書きためた成果。

 

2) 印刷した用紙を揃え、前後に見返し(A3用紙を二つ折り)を重ね、ずれない様にクリップで留める。糸綴じをする為の穴を開ける。最初はキリを使ったが、なかなかキリが入っていかない。そのうち手回しドリルがあることを思い出した。ドリルだと楽に穴が開く。

 

3) 針と糸で綴じていく。ドリルでしっかりと穴が開いているので、簡単にどんどん進む。

わが人生がばらばらにならないようにしっかり縛る。

4) 表紙、背表紙、裏表紙を貼り付けて完成。
 表紙、背表紙には、本のタイトルを印刷しておく。
 本来は、一枚の紙で、表も、背も、裏もカバーできると美しい仕上がりになるが、A3サイズより、横幅が本の厚さだけ長い紙が必要になるが、そのようなサイズの紙はないし、より大きな紙をカットするのも難しそうなので、表、裏、背それぞれ別の紙で作った。その分仕上がりがダサくなってしまったが、手作りではこのあたりが限度か。出来上がった本を机の上で開いてみた。こうやって見ると本らしくなった。
 

 

5) 感想
本本体を綴じるところまでは何とかなった。一番難しいのは表紙作り。今回表紙としてはパソコンのプリンターで写真を高品質に印刷できるプロフェッショナルフォトペーパーを使用した。超光沢であり、結構硬いので紙自体の見栄えは良い。でもちょっと硬すぎて、本を閉じたり開いたりしていると、背表紙側のところがはがれてきたりする。使用した糊が良くなかった可能性もある。今回の手作りを自分で総合評価すれば、60点合格ラインに対して50点で不合格といったところか。
 いずれにしても、表紙、背表紙の作り方をもうすこし工夫すれば、結構良い製本ができそう。これから何冊か本を分解して調べるぞ!
そして、表紙をうまく作れるようになったら、『自分史手作り製本の店』でも開業するか!!!

 

2008 年 9 月 15 日

自分史を提出して

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 5:09 PM

クラスも7月に終わってしまいましたが、立花先生とスタッフのご厚意と、たぶん多少の「自分史」完成には、授業の「尺」が

短すぎた?という、嬉しいスケジュールミスで9月まで「延長戦」をありがとうございました。

天文宇宙などの神岡カンデなどシンポジウムにお忙しい中、

読んでいただけるという喜びを感じております。

出来れば、添付いたしましたDVD、「目で見る自分史」も余計なものかも知れませんが、是非、先生に見ていただきたいと

思います。

2008 年 9 月 3 日

ジギルとハイド

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 4:34 PM

授業を受ける前に  毎週10冊から20冊の本を読む学生はどのくらい?

たぶん 皆無に限りなくちかいのでは。 でも 教えるほうは毎週 読んでいるのです。 

シンポジウムや講演会を聞きに行く前に 事前に勉強して参加する人は?

今 立花は9月23日の自然科学研究機構のシンポジウム 「宇宙究極の謎」http://www.kuba.co.jp/nins06/を前に 事前取材にとびまわっています。

先週は 名古屋大・京大・東大・カミオカンデ東大宇宙線研究所に、今週は 東北大・天文台・東大にでかけます。日本最高の教授陣に 最先端の研究内容をおしえていただくのですから ぜいたくです。

インタビュー前には  各先生方の業績は可能な限り集めます。最近は ネットで講演のパワーポイントまで 公開している先生も多く 最新の資料がたくさん手に入る場合も多くなりました。

 取材に同行する学生はいるものの 毎回個人授業をうけるようなものです。なにかをするたびに 知識が増えて それが次の仕事の土台となっていきます。そばでみていてもうらやましい仕事です。

原稿書きも 例外ではありません。 書く前にも 最中にも 集められる資料は限りなく集めます。おかげで編集者は大変です。都内の国会図書館などで資料が手に入ればいいですが 休館日などで手に入らない場合は近県の図書館へ行ったり、バイトを雇って古本屋へ買いに行かせます。私も 最初のころは真夜中に開いてる本屋へ買いに行ったりしていましたが 今はきっぱりと「真夜中12時過ぎは仕事はしない」と言明しています。

そうやってやっと集めた資料も 本人に渡されたときには 本人の頭はすでに別の方向にむいていて かえり見られなかったりします。ここでがっかりしていては編集者はつとまりません。忍耐の忍です。しかも 資料はすぐに失くします。なくなるとすぐひとのせいにします。だから私と編集者はいつも「すぐひとのせいにするんだから」と 慰めあいます。

雑誌なら1週間の苦行で毎回終わりますが 単行本になると担当の編集者は拷問に近い状態です。そばにひかえて手書きの原稿をワープロ化していきます。当然  真夜中。 それが何ヶ月もつづいたりします。

そのうえ ちょっと目を離すと興味のある別のテーマに打ち込んでいたり 逆に 興が乗ってどんどん書きすぎてテーマが動いていったりしますので 軌道修正で 資料を隠したりもします。

私の知っている編集者は ワープロのやりすぎで腱鞘炎になり、もうひとりは足の血の巡りがわるくなって 真っ黒になったというし,もう一人は 子供に顔を忘れられたといって嘆いていました。 これでも昔に比べるとましになったそうで ある編集者がいうには 「俺が寝てないのに 寝るのか」といわれて 全然寝られず 病気になったといいます。(編集者は 夜 立花の相手をしていても 昼間はまたべつのしごとをするわけですから) 

ところが こういう人が 学生相手にはとたんに優しくなるんです。仕事で立花を知っている人と 授業で立花を知っている人との評価は ジギルとハイドみたいかもしれません。

 

 

 

 

 

2008 年 8 月 21 日

南欧料理 リロンデル

カテゴリー: 未分類 — 2nd_house @ 9:15 AM

後楽園ラクーアの近くにおいしいお店みつけました。

できたばかりでまだ ネット上にはお目見えしていません。

若者が古い家を借りて自分達で改装した店内 外装はあざやかな緑の館ですが

なにしろわかりづらい場所にあってまだお客さんが少ないので ちょっと応援したい。

リロンデル 住所は本郷1-31-4ですが 地下鉄後楽園駅から歩いて5分

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E6%9C%AC%E9%83%B7%EF%BC%91%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%93%EF%BC%91&cd=3&geocode=0,35.706054,139.756299&sll=35.91172,140.061379&sspn=0.006295,0.006295&ll=35.707963,139.756308&spn=0.009949,0.016372&z=16>

壱岐坂の上り口左の横道 階段を登ってすぐです。

こんど行ったときに写真をとってきます。

テリーヌやパスタなど 味は絶対後悔させないものです。

 

 

 

 

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